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3期 ヨーロッパコース 13日目

3期ヨーロッパコース菱川です。ヨーロッパコース13日目の活動について紹介します。

13日目は、パスツール研究所の微生物部門に属する3研究室 (Glaser Lab, Ghigo Lab, Boneca Lab)を訪れました。

パスツール研究所の初代所長は、ルイ・パスツール。微生物を学ぶ人は、一度は彼の名前を耳にしたことがあるのではないでしょうか? 微生物学が専門でなくても、パスツリゼーション(低温殺菌)という言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか?

ルイ・パスツールは、白鳥の首型フラスコを使った実験で生物の自然発生説を否定し、また、酒石酸塩の光学異性体を発見したフランスの偉大な科学者です。細菌学の父とも称される彼は、「科学に国境はないが、科学者には祖国がある」などの言葉を後世に残しています。

 

(写真:パスツール研究所)

 

  1.      Glaser Lab

最初に訪れた研究室はGlaser Labです。

まず初めに、この研究室を率いるP. Glaser博士に、パスツール研究所の概要について説明していただきました。パスツール研究所には、細胞生物学、発生、ゲノム、免疫、感染症、微生物、菌類学、神経学、寄生虫、構造生物学、ウイルス学などの複数の部門があります。それぞれの部門は競争しているわけではなく、同じ研究所に所属している部門として、協力し合っています。

また、DNAシーケンサーや顕微鏡、菌株の保管、動物実験施設など、部門を横断した施設が整備されており、各研究室はこれらの施設を使用することができるので、各研究室で高い実験装置などを自前で準備する必要がなくなります。これらの設備の技術者や専門家から、実験手法や技術的なことを教えてもらえます。様々な部門と部門横断的な施設の集合体であることは、パスツール研究所の強みの一つだそうです。

次に、Glaser Labについて説明していただきました。この研究室は、The Ecology and Evolution of Antibiotic Resistance (EERA) Unitに属し、抗生物質耐性菌について研究しています。抗生物質は、一般に病原菌の発育を阻害したり、殺菌したりする効果があり、医療分野で広く用いられ、これまでたくさんの命を救ってきました。しかしながら、抗生物質には、いくつかの問題点があります。まず、第一に、病原菌など人にとって悪い菌だけでなく、人によってよい他の細菌の発育をも阻害してしまうことです。第二に、細菌が時として、抗生物質への耐性を獲得し、抗生物質が効かない細菌(抗生物質耐性菌)が現れることです。

厄介なことに、細菌は、抗生物質耐性を他の菌(病原菌も含む)に伝えることがあります。さらに重要なことは、抗生物質耐性を獲得した細菌は比較的有利に発育し、耐性を持たない同じ種類の細菌は淘汰されることで、耐性菌がその種の優勢になってしまうことがあることです。もし、抗生物質耐性が病原菌に伝播すると、病原菌が抗生物質耐性を獲得して、広まってしまいます。つまり、これまで病原菌に効き目があると思っていた抗生物質が、もはやその病原菌には効かなくなってしまうのです。

そこで、Glaser Labでは、細菌がどのようにして抗生物質に耐性となるのか、また、耐性が他の細菌にどのようにして伝播するのかを研究しています。特に、β-ラクタム系抗生物質の一種であるカルバペネムに耐性を持つ腸内細菌に着目しています。

Glaser Labは、病院や企業と共同研究をしています。また、この研究室では修士や博士の学生を受け入れています。これにより、研究に重要な様々な異なる視点が持ち込まれるそうです。バイオ分野には、数学者や物理学者の参画も必要と述べていました。

「研究において大切なことは何か?」とGlaser博士に尋ねると、Glaser博士は「おもしろい質問をすること」と答えてくださいました。

Glaser LabのEugeneさんに実験室を案内していただきました。クリーンベンチが設置され、マイクロピペット、マイクロチューブ、メディウム瓶、PCR装置、位相差顕微鏡などが並んでいました。病院から送られてきたサンプルを分析している最中でした。また、原子力発電所から単離されたDeinococcus radioduransという菌も扱っているようです。この菌は放射線や紫外線に耐性を持っています。私は、この菌については知らなかったので、渡航後の事後学習で調べてみたいと思います。

最後に、博士課程のAlexandreさんが、3年間にわたる博士課程の研究成果について紹介してくださいました。Alexandreさんは、B群連鎖球菌の感染性について研究しています。B群連鎖球菌は、様々な宿主に感染する細菌であり、新生児やウシに感染し病気を引き起こすことが知られています。しかしながら、新生児やウシに対するB群連鎖球菌の適応性の違いや、動物から人への感染性については、これまであまりわかっていませんでした。

Alexandreさんの研究において、ウシへの感染性を示すB群連鎖球菌株150種類を全ゲノム解析した結果、ポルトガルにおいて1990年代初頭から、B群連鎖球菌CC61株が広まり始め、2011年から2014年には、他の株にとって代わって、ほとんどがCC61株になっていることが明らかになりました。CC61株がウシへ適応していった背景には、抗生物質耐性遺伝子の水平伝播などが関わっていると考えられているそうです。

Alexandreさんは、データをまとめたりグラフを作成したりする際には、Pythonを使用しているそうです。研究内容を説明するAlexandreさんの熱い眼差しや自信に満ちた言葉、洗練された図や発表スライドは、この研究に3年間取り組んだ彼の真摯な姿勢を感じさせるものでした。

(写真:Glaser博士とともに)

 

  1.      パスツール研究所の食堂

昼食は、Glaser Labのメンバーと一緒に、パスツール研究所の食堂で食べました。サラダや肉、豆、米、フルーツなどが並んでおり、食材の種類が多く、さらに安価であるのが印象的でした。食事中も、EugneneさんとAlexandreさんは、研究などの話題で、議論が白熱していました。

(写真:パスツール研究所の食堂にて)

 

  1.      Ghigo Lab

次に訪れた研究室はGhigo Labです。この研究室は、Genetics of Biofilms Unitに属し、バイオフィルムについて研究しています。J. M. Ghigo博士に研究内容を説明していただきました。バイオフィルムとは、水中や体液中の遊離した微生物が材料表面に付着することによって形成される、微生物の集合体および細胞外重合物質などの分泌物です。身近な例として、シンクや浴槽などの水回りの壁面にできるねばねばや歯垢などが挙げられます。

微生物はバイオフィルムを形成することによって、遊離状態のときにはない特性を示すことがあります。例えば、バイオフィルム形成時にのみ特異的に発現する遺伝子や、生産されるタンパク質があることが知られています。また、遊離状態では、抗生物質に耐性を持たない微生物でも、バイオフィルムを形成することによって、抗生物質への耐性を示す場合があることが知られています。もし患者の体内で抗生物質耐性のバイオフィルムが形成されると、これを取り除くのは困難であり、重篤な疾患につながる可能性があります。

そこで、Ghigo Labでは、in vitro (ガラス器内)でバイオフィルムを形成させる実験系だけでなく、ゼブラフィッシュやトラウトを用いたin vivo (生体内)の実験系も構築し、菌の材料への付着過程を観察するとともに、バイオフィルムにおける代謝産物をGC-MS (ガスクロマトグラフィー質量分析法)によって分析することで、どのようにしてバイオフィルムが形成されるのか、バイオフィルムがどのような特性を持っているのかを研究しています。

4℃の部屋、ゼブラフィッシュを扱う28℃の部屋、廊下との間に前室があり、陰圧になるよう管理されているP2レベルの実験室の他に暗室がありました。この部屋には共焦点顕微鏡が設置されていました。バイオフィルムを形成させる装置は、この実験室独自のものでしたが、他の装置や器具は一般的な微生物学の研究室に見られるものでした。Ghigo博士もさきほどのGlaser博士と同様に、パスツール研究所には高価な分析装置などを扱う施設があり、各研究室が自前でこれらの装置を一から揃える必要がないとおっしゃっていました。

Ghigo博士によれば、バイオフィルムの研究における課題は、第一にバイオフィルムを可視化し、その局在を調べること、第二に、遺伝子や代謝産物にしても、それらがバイオフィルムを形成している菌に特異的であるかどうかを判断することだそうです。

Ghigo博士に、パスツール研究所内の歴史的な部屋などを案内してもらいました。19世紀末に建てられたパスツール研究所の建物は、大切に保存されているそうです。例えば、建物の屋根の形に合うように、実験室の天井が斜めになっていたりしました。パスツール研究所で所長を務めた歴代の人物の名前が書かれている石板があったり、歴代の所長と思われる人物の石像があったりと、この研究所が歩んできた長い歴史を感じました。

(写真:Ghigo博士とともに)

 

  1.      Boneca Lab

最後に訪れた研究室は、Boneca Labです。この研究室は、Biology and Genetics of Bacterial Cell Wall Unitに属しています。フランス、スコットランド、ドイツ、ポルトガル、オランダ出身の学生・研究員が所属している国際色豊かな研究室です。この研究室を率いるI. G. Boneca博士に、研究内容について教えていただきました。細菌は、ペプチドグリカンを主要な構成成分とする細胞壁で囲まれています。βラクタム系抗生物質は、細胞壁の合成を阻害することにより効果を発揮するなど、細胞壁の合成は、抗生物質の作用機序とも密接に関わっています。細胞壁が構築される機構をより詳しく理解することは、長期的な観点から、新しい治療標的の特定や抗生物質耐性の獲得機構の解明につながることが期待されます。

そこで、Boneca Labでは、胃潰瘍や十二指腸潰瘍、胃癌の発病につながるとされているHelicobacter pylori (ピロリ菌)を研究対象に用いて、ペプチドグリカンの代謝に着目し、細菌がどのようにして細胞壁を構築するのか、なぜ細菌は、長細い棒状や球状、らせん状など種々の形状をしているのかについて研究しています。また、病原菌などに感染した宿主が、どのようにして、病原菌のペプチドグリカンを検出して、応答し、最終的には無毒化しているのかについても研究しているそうです。

この研究室では、蛍光顕微鏡の他に、二酸化炭素濃度や温度を制御しながら、H. pyloriを観察できる顕微鏡がありました。また、300 barの圧力をかけることができるUHPLC (Ultra High Performance Liquid Chromatography, 超高速液体クロマトグラフィー)がありました。UHPLCは、ペプチドグリカンの化学組成を分析するのに用いるのだそうです。Boneca博士によれば、UHPLCによりペプチドグリカンの化学組成がわかっても、それらがどこにどのような構造で存在しているのかを特定するのは、細胞壁研究における困難な課題の一つであるそうです。この課題を克服するために、より高解像度で細胞壁の構造をとらえることができる顕微鏡が望まれるとのことでした。

Boneca博士にパスツール研究所の研究環境について尋ねてみると、パスツール研究所にはクライオ電子顕微鏡や表面プラズモン共鳴、動物実験、NMR (核磁気共鳴)を扱う施設があり、素晴らしい研究環境であると述べていました。

最後に、「研究する際に大切なことは何か?」という問いに対して、Boneca博士は「好奇心」、「辛抱強さ・持続性」、「共有することを恐れないこと」、「人との交流」と答えてくださいました。共有しなければ、同じ間違いを繰り返してしまいます。また、共有されていれば、どのアプローチがすでに試されているのかがわかり、どのアプローチが新しいのかがわかります。そして、人との交流は、科学の世界では時に、軽視されてしまいがちですが、研究室のメンバーが、明日も実験をしに来たいと思うような、よりよい研究室の環境を築くうえでも大切であるとのことでした。

(写真:Boneca博士とともに)

 

本日は、「抗生物質耐性菌」、「バイオフィルム」、「細胞壁」という3つの異なる切り口から、抗生物質の研究の最前線を見てきました。ある研究対象について、様々なアプローチがあることを再認識しました。また、研究において大切なことを聞くことができ、大変、有意義な訪問でした。

 

続いては黒崎が担当します。
フランス、パリの大学に通うLorena Schlichtさんと夕食を食べました。

(写真:Lorenaさんとの夕食会)
Lorenaさんは法学部に通う修士の学生さんで、大学を休学して2年間日本に住んでいたことがあるそうです。

Lorenaさんは日本が大好きなようで様々な日本文化についてお話をしました。

日本食はフランス料理よりもヘルシーでフランス料理よりも日本食の方が好きらしいです。好きな日本食は“お好み焼き”で、大阪風と広島風のどちらが好きかを尋ねると、“広島風”と即答でした。Lorenaさんが大阪風と広島風の違いを知っていることにとても驚かされました。

日本のアニメにも詳しく、ジブリ、ナウシカ、ヒカルの碁、ブラックジャック、ドラえもん、ルパン三世、コナンなどのアニメを知っていました。また、アニメだけでなく、日本でマニアックな少女漫画なども知っていて、とても盛り上がりました。

“風雲!たけし城”という番組をご存じですか?
1986年から1989年にかけて放送された番組のようです。LorenaさんはYoutubeで見ているようなのですが、日本人である私たち3人は全く知りませんでした。

Lorenaさんは大学を休学して、日本で2年間暮らした経験があるそうです。日本人は休学する人は多いの?と聞かれましたが、もちろん私たちはNoと答えました。Lorenaさんは日本の学生は選択肢が少なく、小学生から就職するまで、決められた1本道を進んでいくのに対し、フランスでは休学したり、選択肢が広いと言っていました。確かにそう思います。また、日本の場合、受験のために塾に行く習慣があることも話しました。
私たち3人の名前の漢字の意味についても話しました。Lorenaさんから意味を教えて欲しい、と聞かれてから始まった話でした。名前の漢字の意味を一文字ずつ伝え、また名前の由来などについて話しました。

また、日本と韓国の関係についても話しました。Lorenaさんから、「日本と韓国には竹島問題などの領土問題があるがそれに関して日本人はどう思っているのか」、と聞かれました。国家間では問題があるかもしれないが、日本人はK-popも聞くし、韓国料理も食べるし、日本人は韓国を敵視せず暮らしている、と伝えました。
フランス人のLorenaさんは、フランスから遠く離れた日本と韓国の外交問題に興味があり、私たち日本人も外交問題によりアンテナを張る必要性を感じた一幕でした。

日本の宗教についても話をしました。クリスマスを祝ったり、教会で結婚式を行ったり、正月、神社に初詣に行ったり、お寺に鐘をつきに行ったり、、日本人の生活の中には、キリスト教や神道、仏教が混在していると説明しました。Lorenaさんも神道などにも理解があり、日本人以上に日本人の宗教を理解していて驚かされました。

日本のことが大好きなLorenaさんとお会いし、日本についてたくさん話すことで、自分たちがまだまだ日本について知らないことがあることを思い知らされる夕食会となりました。

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